刑事裁判の歴史と展望あれこれ💖

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しほうちゃれんじ 1631

乙:Watch you slip through fingertips
This will always haunt you

出典:https://youtu.be/t9rSfA6W-Mo

感想:アルクによると、slip throughで~から滑り落ちるだそうです。


今日の問題は、司法試験平成27年刑法第20問イとウです。

次の【事例】に関する後記アからオまでの各【記述】を判例の立場に従って検討し(中略)
【事 例】
借金の返済に苦しんでいた甲とその内縁の妻乙は,A市が発行した乙を被保険者とする国民健
康保険被保険者証の氏名を乙から実在しない丙に改変し,丙になりすまして消費者金融会社から借入れをして現金を手に入れることを相談した。甲と相談したとおり,乙は,上記国民健康保険被保険者証の被保険者氏名欄に乙とあるのを丙と書き換えた。そして,乙は,消費者金融会社の無人借入手続コーナーにおいて,借入申込書に丙の氏名を記載し,丙と刻した印鑑を押捺するなどして丙名義の借入申込書1通を完成させた上,同申込書及び氏名を丙に改変した上記国民健康保険被保険者証の内容を,同コーナーに設置された機械を使用し,同機械に接続されている同社本店の端末機に送信し,同社の貸付手続担当者に対し,丙であるかのように装って100万円の借入れを申し込んだ。同担当者は,当該申込みをした者が真実丙であり,かつ,貸付金は約定のとおりに返済されるものと誤信し,同社の貸付システムに従って丙名義の借入カードを上記コーナーに設置された機械から発券した。乙は,その場で同カードを入手し,同カードを現金自動入出機に挿入して同機から現金100万円を引き出した。その後,乙は,上記行為に及んだことを後悔し,自宅で,甲に一緒に自首をしようと持ち掛けた。甲は,これを聞いて激高し,乙を窒息死させようと考え,その首を絞めたところ,乙は首を絞められたことによるショックで心不全になり死亡した。甲は,乙の死亡から約30分後,死亡して横たわっている乙の指に時価20万円相当の乙の指輪がはめてあることに気が付き,同指輪を奪って逃走した。
【記 述】
イ.乙が丙名義の借入申込書を作成した行為については,丙が実在しなくても,一般人をして真正に作成された文書であると誤信させる危険があるから,甲と乙には有印私文書偽造罪が成立する。
ウ.甲と乙は,当初から現金100万円を手に入れる目的で丙名義の借入カードを入手し,同カードを利用して現金100万円を引き出したのだから,甲と乙には現金100万円について詐欺罪が成立する。


甲先生、よろしくお願いします!


甲:イについて、刑法159条1項は

「行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。」

と、規定しています。


最判昭和28年11月13日は

「被告人は京都府熊野郡川上村須田郵便局長として同局事務員を監督し、為替、貯金、簡易保険の募集、金銭の出納保管の業務に従事していたものであるが、架空人の名義を用いて偽造の保険申込書を作成行使して、同局に割当てられた簡易保険募集額の割当責務を達成したように装わんことを企て、別表第一記載の各年月日頃、いずれも右郵便局において、インクを用い行使の目的を以つて各保険申込書用紙に同表記載の各契約者の署名を冒用し、同表記載の各保険金額、被保険者、保険金受取人、払込場所等保険契約者において記入すべき必要事項を擅に記入し、各保険契約者被保険者の名下に同局にあつた三文判又は借受判を冒用し、もつていずれも架空人である同表記載の今立正三外四名名義の右保険申込書合計九通を夫々作成偽造した上、同年四月上旬頃情を知らない事務員安達栄子に命じて右各申込書を真正に成立した文書として京都地方簡易保険局に一括して送付し、其の頃同局に到達受理させて、これを行使したというのである。而して第一審判決の挙示する証拠によれば右今立正三外四名名義の保険申込書は被告人が右郵便局備付の印刷せられた保険申込書用紙を使用したものであり、被告人はこれを他の真正な実在の人の保険申込書と同様にこれを取扱う目的で作成したものであることが窺われ、且つ冒用した名義は架空人であるにしても、いずれも巷間にありふれたような名義のものであつて被告人において右名義人が実在するものの如く作為したものと認めるのが相当であり、又それは当局のみならず一般人をして実在者の真正に作成した文書と誤信せしめるおそれが十分にあるものということができるのである。そして被告人が右の如く架空人名義を用いて保険申込書を作成した場合と実在人名義を冒用して保険申込書を偽造した場合とを比較して考えてみると当局のみならず一般人をして真正に作成された文書と誤信せしめる危険のある点において何等区別はないのであるから、本件のような場合には架空人名義を用いたとしても被告人の行為は私文書偽造罪を構成するものと解すべきである。論旨は最高裁判所の判例違反を主張するが引用の判例は本件には適切でない。又当裁判所は死亡者名義の郵便貯金払戻証書の偽造が私文書偽造罪を構成することを判例としておるのであつて(昭和二五年(れ)第一三三五号昭和二六年五月一一日第二小法廷判決、判例集五巻六号一一〇二頁以下参照)原判決の判断はこの判例に準拠するものであることは原判決が右判例を引用することによつて明らかである。」

と、判示しています。


ウについて、刑法246条は

「人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」

同法235条は

「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」

と、規定しています。


東京高判昭和55年3月3日は

「被告人は、原判示第一、第三のように各預金払戻用キヤツシユカード(以下、「カード」という)を窃取した後、その被害者らが友人でカードの暗証番号を知つていたことから、ひそかに、原判示第二、第四の管理者の意に反して、原判示のとおりB銀行α支店設置の自動支払機カード入口に右窃取したカードをそれぞれ差し込み、同支払機の各暗証番号を押して現金を出させ、これを自己の支配下においたものであることが認められるから、被告人の欺罔により被害者の誤信による現金の交付があつたものではなく、被告人が、カードを利用して、同支払機の管理者の意思に反し、同人不知の間に、その支配を排除して、同支払機の現金を自己の支配下に移したものであつて、このように窃盗犯人が賍物たるカードを用いて第三者たる右管理者の管理する現金を窃取した場合には、賍物についての事実上の処分行為をしたにとどまる場合と異なり、第三者たる右管理者に対する関係において、新たな法益侵害を伴うものであるから、カードの窃盗罪のほかに、カード利用による現金の窃盗罪が別個に成立するものというべきであり、右管理者の所属する銀行がカードの預金者に対し所論の免責を受けることがあるにしても、右認定を妨げるものではない。」

と、判示しています。


したがって、上記記述は、イが正しく、ウが誤りです。